ファンシーグッズショップからジュエリーショップへ
ティファニーの創業者チャールズ・ルイス・ティファニー(1812-1902)は1812年に生まれた。
1837年にニューヨーク州コネティカットの田舎町を飛び出しニューヨークへ向かった。父親から借りた1000ドルを資本に、同級生のジョン・B・ヤングと二人で、1837年9月18日にニューヨーク・ブロードウェイ259番地にティファニーの前身「ティファニー&ヤング」というステーショナリーとファンシーグッズショップを創設した。
開店当時は文房具やヨーロッパやアジアの骨董品を扱う店として人気を得たが、初日の売上はわずか4ドル98セントだったという。
1845年には「Tiffany,Young&Ellis」社として最初のカタログを発行し、これは現在発行されているカタログにも「ブルー・ブック」として継承されている。ティファニー・ブルーはこの頃から生まれ、ケースなどにも水色のパッケージが使われるようになる。
チャールズが店をオープンさせた19世紀半ばは、アメリカが農業中心の社会から工業と都市中心の世界に激変し、富裕層が登場し始めた変革の時代であった。
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チャールズはこの変革で登場した富裕アメリカ人の嗜好を的確に掴み、ファンシーショップからジュエリーブティックへチェンジさせた。
1848年には、二月革命から逃れたフランス王室からダイヤモンドの大冠を購入し、アメリカにヨーロッパから由緒ある王室のジュエリーを持ち帰ったことがアメリカで話題を呼んだ。これによりティファニーはアメリカを代表する宝石商としての地位を確立した。チャールズ・ルイス・ティファニーは「キング・オブ・ダイヤモンド」として広く知れ渡る。